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とある時代。そこには妖精が住むセカイと人間が住むセカイがあった。妖精のセカイでは人間と会うことは禁忌とされており、彼らは物語の中でしか人間の存在を感知することが出来なかった。

そのセカイの中にある一つの大きな国では、一人の心優しい王が国を治めていた。どんな身分の妖精でも、たとえ他の者より能力が劣っていたとしても、彼は分け隔てなく国民と接していた。

しかし、ある暖かな日のこと。彼は眠りについた。誰が呼びかけても返事はしない。永遠の眠りだった。

程なくして、息子が王の座に擁立した。一人息子である彼は、有無を言わさずその場に立つことになった。そしてその彼は、差別をしない父をよく思っていなかった。

初めて国民の前に立つスピーチの日、彼はこんな事を言った。

「俺は、父さんみたいな生温い政治なんてしない。この国にいる魔法が使えない妖精や飛べない妖精、その他この国の役に立たない妖精は全て追い出す。抵抗をするようなら命はないと思え。明日中にはに出ていくんだな。」

その言葉は国民を驚かせた。絶望する者、憤慨する者。しかし喜んでいる者も少なくはなかった。それは前王のやり方に賛同できない妖精が居たからのことである。

翌日、王が派遣した兵達によって3分の1程の妖精達が追放された。彼らは他の国に逃亡し、見つからないようにひっそりと暮らすことになった。だが、それはまだ他の国で暮らせるほどのお金がある者や、匿ってくれるような知り合いがいる者の話である。それすらも持っていない妖精達も27、8人程いたのだから。

「僕ら、これからどうすればいいんだろう...」

「きっと、きっと死ぬしかないのね...」

飛びながら、弱音を吐く妖精達。突然に叱咤の声が響く。

「あんた達ねぇ。諦めてどうするの。どこかあたし達でも受け入れてくれるような所だってあるよ!」

叫んだのは美しい黒髪が青に映える女性、ロマリアだった。強い意志を持って、妖精達を率いる。皆に慕われた彼女も、魔法が使えないというちっぽけな理由から国を追い出されてしまっていた。

「でもね、ロマリア。皆もう疲労が蓄積しちゃってるわ。飛べないコを背負ってる妖精は尚更ね。あぁ、責めてる訳じゃあないわよ?」

ロマリアの横を飛び、口を開いた彼女はエメルダ。ロマリアの幼い頃からの友人だ。相反しながらも仲の良い2人は、最高のパートナーと言っても過言ではなかった。

「分かってるよエイミー。あたしにだって考えはあるんだ。」

「あら、じゃあそのあなたの考えとやらを聞かせてちょうだいな。」

「今考えてるところだ。」

「何にも思いついてないんじゃないの...。」

呆れてため息をつくエメルダ。言い返すロマリア。二人の言い争いによって騒がしくなった彼らの中で、一人ぼそっと呟いた。

「人間界に降りてみるのも手かもしれない。」

その一言でしんと静まる。エメルダは目を見開き、その妖精に詰め寄った。

「あなた、自分で何言ってるのか分かってる?人間のセカイに行くことは禁じられているのよ?それをよくもまぁ軽々しく」

「良いんじゃない?」

「ロマリア!?」

「と言っても一日休むだけさ。これ以上飛び続けてちゃ死んじまうよ。人目につかないところでこっそり休ませてもらったらいいだろう?」

簡単に言ってのけるロマリアに、エメルダは頭痛を覚えた。しかし、手段を選んでいられないのは確かであった。少しの間考え、

「あーーーもう!!仕方ないわね!今日だけよ!?」

と叫ぶや否や、ロマリアはにっと笑い、そして喜んだ。他の妖精たちも休むことが出来ると分かり、安堵する。低空飛行し、下の人間界を見ていた一人の妖精が言った。

「見た限りですが、ここの真下にある屋敷ならば誰にも見られずに済みそうです。人が居たとしても広いので分かるはずはありません。...そもそも、人間に妖精は見えないと聞きましたし、安全だと思います。」

「ん、良くやったね!じゃあ皆、そこに降りるよー!」

こうして妖精達は、禁断の人間のセカイへと降りていった。



 

降り立った場所は美しい屋敷の庭園だった。人は見当たらない。本当に安全な場所だと思ったのも束の間、急に後ろから聞き覚えのない声が飛んできた。

「君たちは...もしかして、妖精か?」

振り向くとそこには、自分たちより2倍程は大きいであろう人間が立っていた。聞いていた以上の大きさに彼らは畏怖した。

「だったら、何だ。あたしらをどうするつもり?」

それでもおじけずに、警戒態勢を取って尋ねるロマリアを見て、その人間は笑った。

「どうもしないさ。ただ、本当に妖精っているんだな、と思って。」

「あったり前だろ?あたしらはこうして、妖精として生きてるんだから。」

「あの、失礼ですが、あなたは一体何者なのですか。」

「私か...私はこの街を治める者だ。適当に主(あるじ)とでも呼んでもらえばいい。...そして、代々私の家系は不思議な力を持って生まれてくるのだ。妖精を見ることが出来るのもその一環だろう。」

「不思議な...力。魔法でも使えるのか?」

「魔法と言っていいか分からないようなちっぽけなものだがね。」

そう言って屈託なく笑う主と名乗った男は、妖精達の存在をいとも簡単に受け入れた。『幻想』だと、『夢物語』だと、街の皆には言われ続けてきたが、彼は信じることをやめなかったのだ。だから彼は妖精を恐れない。むしろ興味さえ湧いていた。

「ところで、君たちには名前はないのかい?」

「ある。ちゃんとあるよ。あたしはロマリア・ライズリー。で、さっきからあんたを睨んでばっかのこいつが、エメルダ・ベルデット。エイミー、いい加減敵意むき出しにするのは止めないか。主とやらは少なくともあたしらをどうこうしようなんて考えてないみたいだからな。」

ロマリアにそう言われ、エメルダは渋々主を睨むのをやめた。

「なあなあ、もし主がいいんなら、あたしらを一日泊めてくれないか?」

「ロマリア!あなたには警戒心というものは無いのですか!?」

「あるけどさ、この人間なら信用していいかなって思うんだよなぁ。」

「私は構わないよ。一日と言わず、何日でも滞在してもらって構わないさ。街の主である私が歓迎するさ。」

「ほらなー?休ませようっつったのはエイミーだろ?丁度いいじゃないか。」

「.........分かったわ。主さん、いいえ、主様。しばらくお世話になりましょう。」

「ああ。屋敷内ならどこに行っても構わないから、くつろいでくれ。とりあえず客間を案内しよう。」

屋敷内へと入っていく主を追いかけ、ロマリア一行は飛んでいった。美しく掃除された廊下には花が飾っており、見慣れないモノが世話をしている。彼いわく、あれは屋敷内の様々な仕事をこなす自動人形とのことだった。

「不思議な力って言うのは妖精を見ることだけに限らないんだ。自動人形を魔法で動かすのもその一環だよ...あぁ着いた。ここが客間。広く作ってあるから生活には困らないだろう。ついでに言うと隣の部屋は図書館だ。」

「と、図書館っ!?本がいっぱいあるのか!?」

目を輝かせて聞いたのはロマリアだった。

「そうだよ?こっちの東側だけじゃなくて西側にも図書館があるんだ。先祖代々、本が好きな人ばかりでね。」

「それを言っちゃ、あたしもそうだよ!向こうのセカイにいた時は毎日と言っていいほど図書館に入り浸ったものさ!」

「ええホント、ロマリアの本好きには驚かされますよ。」

「はははっ、本が好きなのはいい事じゃないか!いつでも見て構わないからね。」

そう言って、主は来た道を戻ろうとした。なぜ、と聞きたげな顔で見つめられる。少し躊躇ったが、口を開いた。

「...庭園に行くんだ。花の世話が好きでね。それに、庭園には昔、と言っても私がまだ生まれてもない時代の話ではあるが、大妖精と呼ばれる強い妖精が来たという物語が残っている。君たちと出会えたことを、大妖精様に感謝しなくてはね?」

『大妖精』。その名前はロマリアにも、エメルダにも、その場にいる全ての妖精達が知っていた。唯一人間のセカイに言ったという伝説の妖精。その名前を出すことは禁忌とされてはいたが、国の大きな図書館で『大妖精』に関する本が展示されていたことがあった。

(まさかあの方がここに来た事があるなんてな...あたしらがここに来たのは運命なのかもしれない。)

「ロマリア、どうしたの、ぼーっとして。もう疲れてるでしょうし、睡眠をとらないと。」

「んっ、あ、あぁ。分かった。今行く。」





 

その後の生活は、慣れるのに時間はかかったものの、とても楽しいものだった。庭園でお茶会を開いたり、自動人形と共に家事を手伝ったり、図書館で本を読み漁ったりと、充実した日々を送っていた。図書館には『大妖精』に関する本も置いてあり、主の語った物語が本当であることを改めて確認していた。

しかし、主は毎日忙しそうに仕事に追われていた。仮にも街の長である彼は仕事を多く抱えていたが、ここ最近は休みが無いと言っていいほどせわしなく動いていた。

「なぁ、主さん...。ちゃんと寝なくて大丈夫なのか?あたしらずっとお世話になってるしさ、手伝えることは手伝うぞ?」

「そうです。居候というのも気分が良くありません。」

ロマリアとエメルダが心配そうに彼の顔を見上げても、彼は笑ってばかりだった。

「大丈夫だよ。それに、君たちはいつも家事を手伝ってくれているじゃないか。それだけでかなり助かっているさ。」

その笑顔は完璧な作り笑いだという事に、二人は気づいていた。そして、彼がなにか秘密を隠していることも。

「なぁ、エイミー、本当に主さんは大丈夫なんだろうな?あたし、心配で夜も眠れないよ。」

「あら、ロマリアにもそんな事あるのね?」

「なにさ、失礼な。あたしだって心配はするよ!」

「ふふっ、冗談よ。...でも、主様のことが心配なのは私も一緒。一体どうしてあんなに忙しいのかしら。いくら何でもおかしいとは思わない?」

「ああ、おかしい。最近のあいつはおかしい。って、そんなに長い付き合いでも無いけどね。」

「確かにそうだけど、私達の面倒見て下さってるんだもの。主様は親みたいなものよ。」

「そうだな。しばらくは主さんの様子を見ていようぜ。」

そうして、日に日に披露を積み重ねていく主を見て、いざと言う時は助ける、そんな日々を過ごしていたある朝のことだった。

 

主が、居なくなったのは。

 

「お、おいっエイミー!西側にはいたか!?」

「いいえ、いないわ!ロマリアこそどうなの?」

「こっちもダメだ...外に行っているのか?」

「朝市があるのは3日後よ。基本的に主様は朝出かけることはないもの。」

「朝起きるの遅いからねぇ!」

「今その話をする時ではないわ!」

屋敷に居る妖精達全員で隅々まで探し回ったが、どこにも主はいない。探している間に帰ってくるという事もなく、焦る気持ちが募っていくばかり。そのうち、落ち着かずにイライラする者や、泣き出す者が出てきていた。

カタカタと、独特の音が廊下に響く。聞きなれたその音は、自動人形が歩いてくる音だった。手には、紙が握られている。

「それは...手紙、かしら?」

こくりと不器用にうなずき、手紙を差し出す人形。ロマリアは不思議そうにそれを受け取り、中身を読む。次第に顔が曇り、手が震え出す。

「ど、どうしたのロマリア!何が書いてあるの?!」

「駄目だっ!エイミーは...あんたは読んじゃダメだ!」

「どうして?主様からなんでしょう?」

「あぁ、そうさ。だから駄目なんだよ!」

「あーもう!埒が明かないっ!貸しなさい!」

強引にロマリアの手から手紙を奪い取り、目で文字を追う。最後まで読み終わらない内に、その手から手紙が舞い落ちる。

『拝啓、妖精のみんなへ

ずっと黙っていたのだが、私の国は隣国と戦争をすることになった。隣国が仕掛けてきたのだ。忙しくしていたのもそのせいだ。すぐに戻ってくるから、いつも通りに過ごしていなさい。人形達には長めに動くように魔法をかけてあるから安心だよ。

愛を込めて、サフィール・ヴェスファイア...君たちの主より』

屋敷に住むようになってから、まるで自分の親のように慕っていた主が突然にいなくなったことに、妖精達はショックを覚える。...そして、そのショックが一番大きかったのはエメルダだった。庭園のお茶会の時、彼女は主と話すことが一番の楽しみであった。愚かにも、エメルダは「これからも主と皆と過ごせる平和な日々か続く」と考えてしまっていたのだ。その事を知っていたロマリアは、だからこそ、エメルダに手紙を読んで欲しくなかった。

「エメルダ、その、すぐ戻るって書いてあるだろ...?だから...その、安心して」

「安心なんて、そんなの出来るわけないじゃないっ!!」

そう言い残し、エメルダは飛び去ってしまった。彼女を追いかけ、何人かの妖精達も飛んでいく。

「おいっ、こら待てっ!......あぁもう、エイミー、いつも冷静なのに、こんな時には頼りにならないんだよなぁ、全く。おまえら、なるべく外には出るな。何が起こるかわからない。エイミー達や、主さんが戻ってくるまでは大人しくしてなよ。」

ロマリアもかなりやつれた様子ではあったが、辛うじて皆に指示を出し、屋敷内での待機を命じた。

それ以降、エメルダ達どころか、主が帰ってくる様子は全くなかった。毎日元気な人々が行き交っていた街からは活気が失われ、荒廃したと言っても過言ではない様子になっていた。屋敷内の世話をする自動人形達は魔法が切れ、ついにそこにいるのはロマリア達のみとなった。当のロマリアは、心の支えを求めて毎日図書館に入り浸っていた。だが、日を重ねるにつれて重くなっていく空気を、ある日突然に打破することとなる。

「なぁ、みんな来てくれないか!」

図書館からロマリアの叫び声が聞こえ、妖精達が集まる。一体どうしたものかとざわつく彼ら。彼女は全員が集まったことを確認して、真剣な眼差しで、物語を語る。

「この屋敷には幻の本が隠されてある。それは、誰の願いでも、どんな願いでも叶えるという夢のような本。大妖精様から授けられた、素晴らしき本。見つけた者に、幸せが訪れますように。.........これは、今読んだ本に書いてあった伝説の物語だ。単刀直入に言うが、あたしはこの本を探したいと思っている。」

突拍子の無いことを言い出すロマリアに、その場にいる妖精達皆が驚く。無茶だ、そんな本当かどうか分からないことを信じてどうするのだと、反対の言葉ばかりが飛んでくる。しかしロマリアは諦めない。

「あたし達はもう十分『有り得ないこと』を体験したはずだよ。人間のセカイに来て、人間と知り合って、大妖精様が訪れたというこの場所で暮らして。信じられないことが沢山あったさ。でも全部本当の事だろ?なら、この話も信じてみようじゃないか。」

沈黙。口でなく目で語りかける彼ら。少しずつ、賛成する者が増えてくる。

「もし願いが叶えられるのなら、あたしは、エイミーが好きだったあの平和な日々を取り戻したい。主さんがいて、エイミー達がいて、あの、楽しかった毎日をもう1度取り戻すんだ。あたし達なら出来る。一緒に見つけ出そう!」

まばらだった拍手が、段々と音を大きくし、最後には割れんばかりの拍手の音が彼らを包んでいた。彼女達の無謀な、けれど希望的な物語は幕を開けようとしていた。



 

「おい、ディアン!ディアンはいるか!」

「はい、我が麗しき王様。私めはここに。」

国王に「ディアン」と呼ばれ、すぐに飛んできた女性の名は、ダイアナ・アラバスター。立派な杖を持ち、凍てつくような瞳を持ってそこに立つ彼女は、特殊部隊『Luna』のリーダーであり、王からの多大な信頼を得ていた。

「何でしょう王様。何か問題ごとでも御座いましたか?」

「あぁ、大問題だ。追い出した妖精達の監視を別部隊に頼んでいたのだが、一部の妖精がどうしても見つからないのだ。」

「あんな役立たず達など、放って置けばよろしいではないですか。仮に殴り込んできたとしても、私が殺して差し上げます。」

「単体で乗り込んでくるならそれで構わない。問題は別国で力をつけ、さらにその国の民たちを引き連れてきた時だ!」

「被害妄想が激しいです、王様。そんな事有り得ますか?」

「可能性として十分ある!ディアン、お前にはその見つからない妖精達がどこにいるか魔法で調べてほしい。」

「承知しました。ですが...その妖精の名前がわかった方が正確に彼らを見ることが出来ます。名前を教えて頂けますか。」

「名前など知らぬ!国から追い出した奴らの名前などいちいち覚えてられるか!」

「せめて1人だけでも...。」

「1人でいいのか?それならば先にそう言え。1人だけなら知っている。奴らの先導を仕切っていた生意気な女...そうだ、ロマリア・ライズリーと言ったな。」

「ロマリア・ライズリー......。」

「知っているのか?」

「いいえ、知りません。では、そのロマリアの姿を映します。」

杖を動かす。小声で呪文を唱え、円を描き続ける。するとすぐに、モニターが現れ、姿を映し始めた。ロマリアだけでなく、他の妖精達も映っている。

「でかしたぞディアン!ところでこれは何処だ。」

「待って下さい。今位置を割り出しているところで...」

そこまで言って言葉を止める。驚き、まるで言葉さえ出てこないといったような状態の彼女を不審に思い、王は問いただす。

「おい、何処なのだ。さっさと答えんか。」

「...はい、分かりました。ここは、妖精のセカイではありません。人間のセカイです。」

「に、人間だと?!向こう側のセカイに行くのは禁じられている筈だ!まさか奴ら、人間の手を借りて俺を暗殺する気か!?」

「王様、一人称が俺に戻っていらっしゃいますよ。」

「そんな事は今はどうでもいいのだ!くそ、こしゃくな真似をしやがる...」

「どうされますか、王様。」

「決まっているだろう。奴らを始末するのだ。ディアン、お前も人間のセカイへ行け。」

「人間のセカイに行くのは禁忌であると、先程王様が言ったばかりでは御座いませんか。...まぁ良いでしょう。全ては貴方様のお望み通り。私は向こうへ行ってきましょう。ただし、一つ条件が御座います。」

「なんだ。なんでも言ってみろ。」

「『Luna』を、総員出動させて欲しいのです。」

「総員?!そんな事をしたら国を守るものが居ないではないか!」

「それについては忠実なる私の部下に頼んでおきます。ご安心を、ちゃんと強い者に依頼しますから。人間のセカイは危険です。何があるかわかりません。念のため、皆を連れていきたいのですよ。」

王はしばらく考える。ダイアナ率いる『Luna』は国一番の強さを誇る部隊。そんな彼らがいなくなると思うと不安の気持ちは絶えない。しかし、確かにダイアナの言う事は正しい。諦めたように彼は呟いた。

「分かった。連れていけ。そして、必ず裏切り者を始末せよ。」

「ええ、王様。私にお任せ下さい。」

彼女はすぐに飛び去り、『Luna』のメンバーに集合命令を出した。彼らはすぐに集まり、ダイアナの話を聞く。もちろん全員驚いたが、王とリーダーの命令に逆らうわけにもいかず、ダイアナに付いて国を出ることとなった。





 

静まりきった屋敷。空からは大きな月が地上をほんのりと照らしている。街は荒れても、大妖精の不思議な力に守られた屋敷は、その姿を留めていた。

ロマリアは1人、庭園のベンチに座っていた。他の妖精達は、翌日以降の本の捜索のために休ませている。そんななか、彼女はどうしても寝つけなかった。

(エイミー...今頃、何処にいるんだ。何故帰ってこない。あたしは、あんたがいないと...)

「貴方が、ロマリア・ライズリーですね。」

突然に庭園に響く声。見上げるとそこには、月を背後にした女妖精が、数十人の妖精を引き連れて浮かんでいた。

「誰だ、あんた。妖精はこっちのセカイに来ちゃいけないって事を知らねぇのか?それとも、王に追い出されでもしたか?」

「知っていますし、偉大なる王に追い出されるなんてことはされていません。むしろ、ここへは王の命令でやってきました。」

「何だと?あの野郎、今になってあたしらになんの恨みがあるってんだ...」

「王に対する口がなっていませんよ?まぁ、裏切り者に王に対する敬意を求めても無駄ですかね。」

「裏切ったのはあんたらの方じゃないか。あたしらは色々不自由があっても、それでも平和に暮らしてたんだ。それをぶっ壊したのはあんたら。違うか?」

「国のためにならない妖精など必要ない。それが王の考えです。私はそれに従うのみ。」

「ハッ、王の忠犬って事だね。それで、何の用だい?あたしらを殺しにでも来たのか?」

「勘は良いんですね...。ええ、そうですよ。」

「そうか。けどお生憎様、あたしらには今やる事があるんだ。それが終わってから殺してくれ。出来るもんならね。」

「やる事、というのは一体なんです?」

「あんたに教えると思うか?」

「言わないと今この場で殺しますよ。貴方から魔力は感じられませんし、魔法が使えないという事は抵抗もできないでしょう。」

杖を突きつけるダイアナ。その先端は光を帯び、いつでも魔法が発動できる状態だ。

「ははっ、随分と物騒なこった。それにね、魔法が使えないからと言って抵抗しないとは限らないさ。あたしが武器を持ってないとでも思ったか?」

言い返すが、その声は少し震えていた。いつ殺されてもおかしくない状況下、強気に振る舞うしか方法はなかった。

「あら、気は強いんですね。気は。」

「いい加減にしろよ。あんただってさっきから口ばっかじゃねぇか。そこまで言うなら教えてやるよ。とある本を探してんだ。」

「その本とは一体何なんですか?」

「そこまで教えてやれるか。」

「......へえ、願いを叶える本、ですか...」

「っ!どうして!」

「勝手ながら心を読む魔法を使わせて頂きましたよ。随分と夢のようなお話を信じていらっしゃるようで。」

「流石国の特殊部隊のお偉いさん、そんな上級魔法まで使えるんだな。」

「私達が特殊部隊である事はご存知でしたか。」

「そりゃあ、国一番の強さを誇る有名な奴らだったからね。」

「それは光栄なことで。それではせいぜい、頑張ってくださいね...と言って帰るわけにも行きません。私達もその本を探させて頂きましょう。」

「はぁ?!どういう事だ!」

「それがあれば王の望みが叶えられるでしょう。王のためですよ。皆さんいいですね?」

黙って2人の押し問答を聞いていたメンバー達が声を上げる。リーダーへの賛同。静かな屋敷に、大きな声はよく響いた。

「こういう事ですので。お先に見つけるのは我々『Luna』である事、お忘れなく。」

「待て。それならあたしにも考えがある。あたしらは主に東側の屋敷に居る。あんたらが何かするなら西側だけにしな。」

「それでは、東側に本があった時には我々の成すすべが無いではありませんか。」

「こっそり忍び込んでみたらどうだ?まぁ、あたしらも西側が調べられないっていうデメリットがある。すべて探し終わったら交代すればいいさ。」

あまりにも無理のある交渉だということは、ロマリアにも分かっていた。こうでもしないと、自分たちに勝ち目がないことも分かっていた。ダイアナ達ははっきり言って自分達よりも遥かに強いのだから。

「私が貴方達を殺す方が手っ取り早いと思いません?」

「そんな簡単に死んでたまるか。あたしらは本気さ。それともあんた、先に見つけられるのが、負けるのが怖いんじゃないか?」

「ふふっ、ははははっ!嗚呼、なんて馬鹿らしい!我々が負けるはずなど無いではありませんか!良いでしょう、ロマリア・ライズリー。その賭けに乗って差し上げます。」

高らかに笑い声を響かせ、ロマリアを睨みつける。その目には明らかに先程以上の敵意が宿っていた。

「それから!」

「...何です、まだ何かあるのですか。」

「あんたらが月ならあたしらは太陽だ。もう1度明るい日常を、必ず取り戻す。あたしらは『Soleil』さ。月は太陽がなけりゃ何も出来ないことを覚えておけよ?」

堂々と宣戦布告をして、ロマリアは館に戻っていった。残された『Luna』の者達は、ロマリアの言葉に憤慨する。それは、ダイアナも同じだった。それと同時に、自分達に歯向かい、侮辱してくる、そんな珍しい存在を少しだけ面白いと思ってしまっていた。

「太陽なんて、夜になってしまえば何も出来ないのです。ロマリア・ライズリーに...いいえ、『Soleil』に負けてたまるものですか。皆、屋敷に入りましょう。必ずや王に勝利を捧げましょう!」

東と西。太陽と月が昇り、沈みゆく場所で、彼らは物語の幕を上げた。

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